ま〜これは人間だったら誰でもおちいりやすいことだとも思うので、「そんなんダメダメじゃ〜ん」とはまーったく思ってないんですけど、 でもやっぱ、できることなら世の中で、少しでも円滑に生活していきたいですよね〜。
それに、よく考えたら、自分が1番、というのは自分にとっての話だけで、相手がいれば相手にとっての1番は相手なわけです。だから、 世の中のすべての人が放っておけば“自分優先”にならんとも限らんわけでして、そんなことでは社会そのものが成り立たなくなってしまうんではなかろうか、な〜んてことも思っちゃうんですよ。
というわけで、最初に書いた“放っとく”と自然にどんどん自分優先になるという前提を更に逆にとらえましてですね、 「自分」と「相手」とが向き合った時、私は、常に“相手を優先。”とするようにしてみております。・・・一応・・・(^^;;
例えば話をする時、どうしても自分の言いたいことをたくさん言いたくなっちゃうんですが、原則は“相手を優先。”なので、 まず先に、相手が何を言いたいのかをいっしょうけんめいに聞くことにしています。ま〜 実際にはついつい途中で口をはさみたくなっちゃう人なので、 いつも気付くと自己主張に走ってしまってるんですが、でも、気持ちだけでも「相手を優先。相手を優先。」と、いつも考えてはいるのです。ハイ。
さて。
「ギブアンドテイク」って言葉がありますよね。ま、これの意味を真剣に考えたことは無いんですが、
これって、「ギブ(与える)」と「テイク(得る)」とが並列ではないと思うんですよ。つまり「ギブとテイクと両方とも」という意味ではない。
私の勝手な読み方では(本来の意味と違ってたらすんません)、
私が考える“相手を優先。”というのは、結局、この「ギブアンドテイク」なんですね。まず相手に何か(ギブ)してあげよう、ということ。
それはついつい見返りを求めたものになりがちですが、見返りを期待してしまうと、どこか違ってしまうように思います。
本当に“相手を優先”するなら、つまり、自分にとって自分が1番であるのと同様に
相手にとっては相手自身が1番である、ときちんと理解するならば、自分のために相手を優先するのでなく、相手のために相手を優先した方が良いはずです。
見返りを求めたギブは自分のためにギブするようなものですから、本当のギブではないように思うし、結果的に本当のテイクも無くなってしまうような気がするのです。
相手を優先。
ギブアンドテイク。
自分が1番大事だと思っている私ありんこは、ついつい自分優先でものごとを考えてしまいやすいという自覚がありますので、いつでもこの2つの気持ちを大切にしている(つもりな)のであります。