を み な あ り き

--- 吉祥天女 ---


 いつ頃かよく覚えていないけれど、この漫画が話題になった時期、タイトルだけ記憶に止めて居たのであるがそれに何となく 違和感を覚えていた。その後、歴史の資料で「吉祥天画像」を見て、その「違和感」ははっきりした。つまり、私の頭の中には、 「吉祥天」という言葉がインプットされていたため、語尾に1字増えていることが違和感を発生させたのである(「吉祥天女」 と言う表現が一般的でない訳ではないということは最近知った)。

 どうでもいいことのように思われるかもしれないけれど、この漫画は、「吉祥天」というタイトルでは有り得ない、ということ を言いたくてこんなことをぐだぐだ書いた。単行本の背表紙を見ればそれが判る。「女」という字だけ赤い。

 それが何を意味するか。物語は、登場人物の一人、由似子が新学期初日から生理になってしまうところから始まる。ストーリー 展開上、生理でなくてはならない必然性は殆ど無い。単に体調が悪い必要が有るだけならば、風邪のひき始めだとて良い筈である。 何故、生理なのか。

 「テ−マ」と言ってしまうと何か違うような気がするが、この物語の底辺には、女性に不利な社会という現状への抗いが有るよう に思う。子を生む性であるが故の月の障りも女を拘束する存在である。男の理論の支配する社会。女が泣き寝入りする以外の道はひ どく険しい。女性が公明正大な権力を手にすることなど希であり、女が握る権力は常にどこか後ろ暗さを感じさせる。女は、男のよ うに正面から腕力・知力で勝負することなく、メンタルな力をフルに活用して少しずつ目的を遂げる。そんな女の「業」を一身に纏っ た少女、それがこの物語の主人公、叶小夜子である。

 彼女は腕力でも男に引けを取らない。傷付けられたら全力で反撃している。しかし彼女の本当の「力」はそんなものではない。

 自分の「敵」を、ついには死に至らしめてしまう。だが、その時は多く自分で手を下さない。彼女に殺す意思など無く、勝手に死ん でしまったという形を取るのである。一度だけ、彼女が女性(自分の叔母)を殺した時は、直接その手で息の根を止めた。しかし、彼 女が疑われることはない。。まさか17の少女が平気で殺人を犯すなどと誰も思わない、という盲点をうまく突くのだ。

 単行本の「煽り文句」だと、エスパーか何かが主人公の物語なんじゃないかと思える。叶小夜子 が人外のものであるかのように最初から臭わせていたし、登場シーンも、かなり「ミステリアス」である。私も途中までそうなのかと 思いながら読んでいたが、結局「叶小夜子の正体」なんて描いてなかった。天女の末裔なんだろうか。

 男の理論の社会を抉る、という制作意図ははっきり伝わってくる。主張する為の構成はしっかりし過ぎるほどだ。だから、ひょっと したら、伏線を引くだけ引いて結局活かし切れず、生身の「単なる怖い女」にしてしまったのではなかろうかと言う勘繰りもできてしまう。 でも、この作品中一番好きなシーンは理科室で血の付いた刃物を持った小夜子が少年達に見得を切る処であるが、あの小夜子は生身 でなくてはならない。人外の、女であって女でないものではいけない。

 人間の男女を超越した処から全ての男達に憎しみをぶつけて彼等を滅ぼして行くならば只それだけのことである。男達から見れば只 の無力な従うべき存在である筈の生身の女が、女であることを最大の武器にして彼等の脅威となる処に意義が有る。

 彼女が守ろうとしたものは何だろう。彼女の行動には一応、「叶家」を守ると言う目的が有ったけれど、それだけではない気がする。

 読んでない人には全然解りませんな。一寸でも興味を覚えた人は、読んでみて下さい。他の人が読むとどんな感 想を持つか興味が有ります。特に男性諸君、少女漫画の中の男性像に付いて何か意見のある人はいませんか。そうでない人も、是非読ん でみると面白いと思うよ、あたしゃ。